鼻をかんだら、雷が鳴りだしたときに気づいた。私の家にあるティッシュは、『天気が変わりやすいティッシュ』だった。
「ゆうくん、食べるときはスプーンを使うのよ」
お母さんが1歳になったばかりの弟の口周りを拭こうとして、ティッシュをとった。そんなお母さんの姿を認めて窓の外を眺めてみたが、天気は晴れたままだった。あくまで『変わりやすい』ティッシュなのだ。
今日の6時間目の体育がなくなればいいなあ、と思って私はもう一度ティッシュをとった。
その途端、瞬く間にザーザーと音を立てて雨が降り出した。
「やだ、これじゃあ洗濯物が干せないじゃない」
お母さんはため息をついた。
「みさきは気を付けて学校に行くのよ。連絡帳は机の上に置いてあるからね」
「もちろんだよ、お母さん」
私は心の中でガッツポーズをして、ランドセルに詰め込んであった体操着を床に放り出して、代わりに連絡帳をしまい、そそくさと学校へ向かった。
ところが、体育の時間の直前に、雨は突然やんでしまった。
「みさきさん、体操着はどうしたのですか。次は校庭で体育ですよ」
先生には怒られ、連絡帳にもつらつらとお説教のような文を書かれてしまった。それでも、まさか私が天気を雨にしたからと言えるはずもなく、うつむくことしかできなかった。体操着のクラスメイト達の後に続いて、私服のまま校庭に出る。空はどんよりと曇っていたが、雨は降ってくれなかった。
みんなが校庭に整列して、先生が点呼をとり終えたそのとき、とうとう雲も消え、太陽が照り始めた。
「まあ、なんと良いタイミングですね」
と、先生が空を見上げると、たちまち風が強く吹き始め、みるみるうちに薄雲が広がっていく。私があたりを見渡すと同時に、肌に何かが当たる感覚がした。
「雨だ!」
途端にバケツをひっくり返したような大雨となり、私たちはいっせいに昇降口へと避難した。気づけば季節外れの雪が降り始めたので、あたりはざわざわとしていた。
(絶対に私の家のティッシュだ!)
こんなに天気がころころと変わるなんておかしい。家のティッシュを誰かが何枚も使ったんだ。
「6月に雪が降るなんてどういうことかしら。天気予報では晴れだったのに」
先生は困った顔で空を見上げていた。
あまりにも天気がおかしいので、体育はとりやめになった。6時間目は自習になったけれど、私は教室をこっそりと抜け出した。傘もささずぐちょぐちょの地面をこけないように走り抜け、一目散に家に帰る。乱雑に玄関のドアを閉め、転がり込むようにリビングへ向かうと、あたりはまるで雲のようにティッシュでいっぱいになっていた。
「ちょっと、なにこれ」
雲をかき分けかき分け進んでいくと、足元に空っぽのティッシュボックスが見えた。
もしや、と思い見渡すと、満足そうな顔をした弟がティッシュの山の奥に埋もれていた。母が目を離したすきに、ティッシュをひたすら出して遊んでいたようだ。もはや弟を引き上げる気力もなく、呆然と目の前の光景を眺めることしかできなかった。
ふと我に返ったとき、自分が雪の中を走ったせいでずぶぬれだったことに気づいた。ぶるっと身震いをして、足元のティッシュを拾い鼻をかむ。窓の外は銀世界が広がっていた。
大学の授業で書いた短編